最近、心が動いたのはいつだっただろう
正直に言うと、
最近「ワクワクした記憶」があまりありません。
介護の生活は同じことの繰り返し。
安全確認、食事、通院、買い物…。
大きな事件は起きないけれど、
心も静かに平らになっていく感じがあります。
でも、ある日ふと気づきました。
母の表情が、ほんの一瞬だけ曇ったこと。
声のトーンが、いつもより少し低かったこと。
その小さな違和感が、なぜか気になったのです。
その「気になる」は、心のサインかもしれない
あとから考えると、
・なぜか引っかかる
・説明できない違和感
・ちょっとした不安
・理由のない興味
こうしたものはすべて、
心の最初の反応だったのだと思います。
awabotaでは、これを「波」と呼びます。
頭で考える前に、
心が先に動く。
とても地味だけれど、
人生が動き出すときは、いつもここから始まっています。
波は「途中」ではなく「始まり」
awabotaの考え方では、
空(価値観・世界の見方)
↓
龍(進みたい方向)
↓
波(心の反応)
↓
現実が動く
という順番だそうです。
つまり、
波が生まれなければ、何も始まらない
ワクワクも、不安も、違和感も、
全部「人生が動こうとする合図」。
無視すれば何も変わらない。
拾ってみると、これからの毎日が、ほんの少し違って見えてくるかもしれません。
介護の中には「波」がたくさんある
介護をしていると、毎日が静かです。
でもよく見ると、
・今日はやけに無口
・歩き方が少し違う
・何か言いたそうで黙った
・食事の手が止まった
こういう小さな変化が、実はたくさんあります。
それに気づいたとき、
「どうしたの?」と聞くか、
「気のせい」と流すか。
その差が、
介護を作業にするか、人との時間にするかを分ける気がしています。
シニアだからこそ、波に気づける
若い頃より反射神経は落ちました。
でもその代わりに、
・人の空気
・表情の揺れ
・声の変化
・場の違和感
こういうものには、以前より敏感になった気がします。
人生を重ねたぶん、
波の質が深くなっている。
ただし邪魔をするものがあります。
「どうせ今さら」
「年だから」
この思い込みが、
せっかくの波を消してしまう。
それは、少しもったいないなと思うのです。
波を拾うとは「今を生きる」こと
波を拾うとは、
何か大きなことをすることではありません。
・気づく
・立ち止まる
・少し考える
・一言かける
それだけです。
でもその瞬間、人は確かに
「今、ここに生きている」
と感じている。
介護でも、人生でも、老後でも、
波は毎日起きています。
聞こえるかどうか。
それだけの違いです。
読者のあなたへ
最近、ほんの小さくでも
・引っかかったこと
・気になったこと
・違和感を覚えたこと
はありませんでしたか?
それは、もしかすると
あなたの人生が静かに動き出そうとしている合図かもしれません。

