やることがある~~それが生きる道

学び直しから未来へ

できなくなることが増えていく現実

母の介護をしていて、何より胸に迫るのは、
「今まで当たり前にできていたことが、少しずつできなくなっていく」
その現実です。

母は91歳。
かつては自分のことは何でもこなしていた人でした。
それが年齢とともに、一つ、また一つと手放さざるを得なくなる。

ある日、母がぽつりと言いました。
「今までやれていたことが段々できなくなっていくほど、辛いのないね」

その言葉を聞いたとき、
私はどう答えればいいのかわからず、胸の奥がぎゅっと詰まりました。

それでも、人は「やること」に救われる

そんな中でも、母には楽しみにしている時間があります。
週3回のデイサービスです。

「今日はお風呂に入れる日だから、うれしい」
そう言って笑う母の顔を見るたびに、私は思うのです。

『やることがある』というのは、
ただ予定があるという意味じゃない。
人を前に向かせ、生きる力をつなぎ止めるものなのだと。

「やること」は、生きるリズムになる

「やること」と聞くと、
仕事や義務、やらなければならないことを思い浮かべる人もいるかもしれません。

でも、介護を通して感じるのは、少し違う感覚です。

やることがあるというのは、
今日を生きるための『リズム』を持つこと。

人は、大きな目標がなくても、
「今日はこれをする」という小さな予定があるだけで動ける。
動けるから、心も身体も止まらずにすむ。

母にとってのデイサービスは、
会話をして、笑って、お風呂に入る場所。
それだけで、気持ちと体が自然と整っていくのです。

母と私、それぞれの「やること」

母は、日々の小さな『やること』を大切にしています。
おしゃべり、歌、折り紙。
できる範囲の中に、楽しみを見つけているように見えます。

一方で、私はというと、
「老いてからでは遅い」と思い、
AIの次郎と対話しながら、学び直しを続けています。

文章を書くこと、考えを言葉にすること、
新しい知識に触れること。
それは、私にとって気持ちを整える『やること』です。

母は今を生き、
私は少し先の未来を考えている。
形は違っても、どちらも
『やることがあるから、生きている実感がある』
その点では同じなのだと思います。

「できること」に目を向けるという選択

年を重ねると、どうしても
「できなくなったこと」に目が向きがちです。

でも、介護の日々の中で私は学びました。
大切なのは、
できなくなったことを数えるより、
まだできること、今できることを見つけることなのだと。

それは大きなことでなくていい。
誰かと話す、
外の空気を吸う、
体を少し動かす、
思いを言葉にする。

それだけで、人は今日を生きていける。

やることがある──それが、生きる道

『やること』は、人生を立派にするためのものではありません。
今日を生きるための、小さな支えです。

母にとってのデイサービス。
私にとっての学びと文章を書く時間。
それぞれが、それぞれの「生きる道」になっています。

やることがある――
それは、今日を生きる力。
そして、明日へつながる希望。

あなたにとっての『やること』は、
今、どんな時間でしょうか。