妥協って、やっぱり悪いこと?
「妥協」という言葉に、あなたはどんな印象を持っていますか。
私にとって妥協は、長いあいだ
「仕方なく譲ること」
「本当は納得していないのに折れること」
そんな、どこか諦めや後悔に近い言葉でした。
できることなら避けたい。
できれば、妥協しない選択をしたい。
正直、そう思っていたんです。
「妥協」という字を、もう一度見てみる
でもあるとき、ふと気づきました。
「妥協」という言葉には、**『協』**という字が入っています。
協力する、力を合わせる、歩み寄る──
そんな意味を持つ漢字です。
そう考えると、妥協は
ただ我慢して折れることではなく、
おだやかに落としどころを探す行為
とも受け取れるのではないか、と思うようになりました。
もちろん、
自分を押し殺してしまう妥協や、
後悔だけが残る妥協は、つらいものです。
でも一方で、
関係を壊さずに続けるための妥協、
人と人をつなぐための妥協も、
確かに存在するのではないでしょうか。
人との関係で気づいた「妥協の役割」
人付き合いの中で、
私は「妥協してでも関係を続けたい」と思ったことがあります。
相手に合わせる。
一歩引く。
自分の主張を少し抑える。
それは負けたわけでも、諦めたわけでもなく、
「ここは歩み寄ろう」と選んだ結果でした。
振り返ってみると、
その妥協があったからこそ、
関係が壊れず、今も続いているご縁があります。
あれはきっと、
仲間をつなぐための工夫だったのだと思います。
介護の中で学んだ「自分を守る妥協」
妥協の大切さを、より深く感じたのは介護の場面でした。
母の世話をしていると、
「もっとできたのではないか」
「まだ足りないのではないか」
と、自分を責めてしまうことがよくあります。
でも、自責の気持ちを抱え続けると、
私自身が疲れてしまい、心がすり減っていく。
だから最近は、あえてこう思うようにしています。
「今日は、ここまでできた。それでいい」と。
これは逃げではなく、
心を守るための妥協です。
不思議なことに、
私が少し力を抜くと、
母の表情もやわらぎ、笑顔が増えました。
妥協することで、
結果的に二人とも楽になれたのです。
良い妥協は、人をつなぐ知恵
こうして振り返ると、
妥協には二つの顔があるように感じます。
自分をすり減らしてしまう妥協。
そして、
人や自分を守るための妥協。
後者は、諦めではありません。
協力して関係を続けていくための、知恵です。
「妥協」という言葉にある『協』の字は、
本来そのためにあるのかもしれません。
少し見方を変えるだけで、
妥協は、ずいぶん前向きなものに感じられませんか?
あなたにとっての「良い妥協」は、
どんな場面にあるでしょうか。

