🩶 「ピンピンコロリ」と「信じる言葉」――母の自分に問いかける、人生の歩き方

母の介護で思うことシリーズ

最近、母がよく口にする言葉があります。
「ピンピンコロリがいいよねー」
笑いながら言うけれど、どこか本気にも聞こえるその一言。

最初は軽い冗談のように思っていたけれど、だんだんと私は考えるようになりました。
この言葉の奥には、どんな“願い”があるんだろう?

🪞 第1章:母の「ピンコロ」には、優しさがあった

車イス生活にも慣れてきた母ですが、やはり心のどこかで「この先どうなるんだろう」という不安を抱えています。

「ピンピンコロリ」とは、元気なまま最期を迎えること。
つまり、「寝たきりにならず、自分らしく生きて、苦しまずに旅立ちたい」という願いが込められた言葉です。

母は笑って話しているけれど、
その裏には――
「家族に負担をかけたくない」「自分のことは自分で終わらせたい」
そんな、深い優しさと誇りのような想いがある気がします。

「そう簡単にはいかないわよねー」と言いながらも、どこか覚悟のような笑顔を見せる母。
その表情を見ていると、私は思わず言葉をのみ込みます。
「長生きしてね」と軽く言ってしまえば、その奥にある“覚悟”を打ち消してしまいそうで。

🌱 第2章:「信じる言葉」を持って生きる人たち

一方で、私のまわりには、年齢に関係なく「信じる言葉」を持って生きている人たちがいます。

70代で「まだ遅くない」と言って学び直しを始めた友人。
「誰かの役に立てると信じたい」と地域活動を続ける先輩。

彼らは、**“弱さを抱えながらも前へ進む言葉”**を胸に持っています。
「この年齢でも、まだできる」
「挑戦することに意味がある」
そんな言葉が、人生をもう一度動かしているように見えるのです。

最近では、SNSで同年代の方が「今日も生きてるだけで合格」とつぶやいているのを見ました。
それを読んだとき、私はハッとしました。
信じる言葉とは、自分を励ますための“小さな祈り”なのかもしれない。

💫 第3章:母の言葉が教えてくれたこと

母の「ピンコロ」も、彼らの「信じる言葉」も、
実は同じ“願い”から生まれているのかもしれません。

それは、
**「最後まで、自分らしく生きたい」**という想い。

母の言葉は決してあきらめではなく、
むしろ「私の生き方を、ちゃんと自分で選びたい」という意思表示のように思えてきました。

「ピンコロ」なんて言葉を冗談めかして口にしながら、
母はたぶん、「自分の人生を自分の言葉で締めくくりたい」と思っている。
そう感じた瞬間、私は少し涙が出そうになりました。

🩵 結びにかえて

母が語る「ピンピンコロリ」という言葉は、
人生を軽やかに、でも誠実に締めくくろうとする“祈り”のようです。

そして私は思います。
母が自分を見つめるように、
私も「信じる言葉」を見つけながら、生きていきたい。

その言葉が、これからの私の人生を照らす小さな灯りになるかもしれません。