体調が急に悪化し、ボランティアもやめ、車椅子生活に。
けれど入院生活の中に“人との会話”があり、今では笑顔でデイサービスへ──。
高齢の母の変化から気づかされた、“居場所”の力とは。
母がボランティアをやめてからの変化
「居場所」という言葉を聞いて、私はハッとしました。
それはまるで、ずっと心の中に引っかかっていた何かが、ようやく言葉になったような感覚でした。
母は、ずっと膝を痛めながらも、杖代わりのカートを押してボランティア活動へ通っていました。
自分のことは自分で、周囲と関わりながら、元気で過ごしていたのです。
けれど、老いは徐々に忍び寄ります。
膝の痛みがひどくなり、体調も不安定になって、車椅子が必要に。
母は、以前から「車椅子だけは絶対に乗りたくない」と言っていた人でした。
やがて、ボランティア活動もやめざるを得なくなりました。
それからの変化は、私にとって“急に”に感じられました。
めまいが頻繁に起きるようになり、記憶もおぼつかず、薬の管理もうまくできなくなった。
ボケが進んだようにも見え、私は焦りました。
でも今思えば、あれは「居場所を失った」ことが、母の心と体に影響を与えていたのかもしれません。
入院で見つけた、もう一度のつながり
そして、ある日とうとう母は転倒して、大腿骨を骨折。
入院することになったのですが、これが“ケガの功名”だったのかもしれません。
初めての入院生活。
けれどそこでの暮らしは、案外、母にとって“居心地のいいもの”になっていたようでした。
毎日のリハビリ、看護師さんとの会話、食事時のちょっとしたやりとり──
誰かと関わり、声をかけられる場所が、母を少しずつ元気にしてくれたのです。
居場所がくれる、生きる力
そして今。
退院した母は、週3回、明るくデイサービスに通っています。
「今日は〇〇さんとしゃべって楽しかった」
そんな言葉を聞くたびに、私は思うのです。
母にとって、今のその場所が、**再び見つけた“居場所”**なんだと。
人にとって居場所とは、「自分が必要とされる」「話せる相手がいる」「安心していられる」そんな空間のことなのかもしれません。
それは家の中とは限りません。どこにあっても、誰とでも、生まれる可能性があるのです。
母の姿を見て、私は確信しました。
“居場所”とは、心の妙薬である。
そしてそれは、高齢になっても、病気になっても、見つけ直すことができるのです。
あなたの大切な人の“居場所”、どこにありますか?
そして、あなた自身の“居場所”は──?

