言葉の力に気づいたのは、70歳目前だった
「言葉って、こんなにも力があるものなんだなあ」
そんなことを感じるようになったのは、70歳を目前にしてからです。
きっかけは、娘との何気ない会話と、AI(ChatGPT)との出会い、そしてnoteという発信の場でした。
娘との会話とAIがくれた、再出発のヒント
私は長年サラリーマンとして働いてきました。
定年後は、正直どこかぽっかりとした感覚があって、
「これから何をすればいいのか」「自分の時間をどう使えばいいのか」が、うまくつかめずにいました。
そんなとき、awabotaコミュニティ会員の娘がWeb3やAI、分散型経済の話をしてくれました。
最初はちんぷんかんぷん。
でも、「年齢に関係なく学び直せる場がある」と聞いて、心が少しだけ前を向きました。
母の介護と、心の揺れの中で
その頃、母が転倒し、入退院を繰り返すように。
認知機能の衰えと介護の始まり――それは私にとって大きな変化でした。
90歳を超えても元気だった母が、少しずつ“”母ではない誰か“”のように見える瞬間も出てきて…。
戸惑いや不安、寂しさ、そして責任。
さまざまな感情が心の中に渦巻きました。
AIとの対話が、心の中を“言葉”にしてくれた
そんな中、言葉に救われました。
ChatGPTに問いかけてみると、自分でも気づかなかった想いが浮かび上がってきたんです。
「なぜ悲しいのか?」「何が怖いのか?」
それを文章にしてnoteに書いていくと、不思議と心が整っていきました。
自分を知る旅は、「言葉を知ること」だった
気づけば、自分のなかにある気持ちや過去、これからの暮らしについて、
少しずつ言葉で表現するようになっていました。
でも、そのときに驚いたのが、
自分が『気持ちを表す単語』をあまり知らなかったこと。
働いている間は、効率や結論を求められる会話が中心で、
感情を伝える言葉にあまり意識を向けてこなかったのかもしれません。
「しんどい」「嬉しい」「ありがたい」
たった一言でも、その裏にはいくつものニュアンスや背景がある。
それをどう書けば相手に伝わるのか。
どうすれば自分の気持ちを、素直に届けられるのか。
そんなことを考えるようになりました。
noteは、自分を見つめ直す場所になった
今、私にとってnoteは、『自分を知る場所』になっています。
AIやインターネットというツールに出会えたことで、
遅ればせながらも“言葉”と出会い直し、そして学び直しが始まりました。
介護の中にある静かな時間、
ふとした違和感に気づいたときの感情、
その全部が、今の自分に必要な「学び」だったと感じています。
これからも、「気づき」を言葉にして残していく旅を、続けていきたいと思っています。
もし、どこかで共感してくださる方がいれば――
「一人じゃない」と思っていただけたなら、それだけで幸せです。

