母のひと言が胸に刺さった日
「いっちゃんは元気になっていくのに、私はただ弱っていくだけ…」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられました。
母がつぶやいたのは、ほんの小さな声。
でも、その中に“老いることの哀しみ”と“生きている証”が同時にあった気がします。
車イスの生活と、変わっていく母の気持ち
母は膝を痛めてから車イスの生活になりました。
歩けない日が増えるたびに、気持ちも沈みがちになり、
「今日はもう何もしたくない…」と小さくつぶやく日もあります。
以前の母は、人の世話を焼くのが大好きで、よく動く人でした。
そんな母が“助けられる側”になることは、
きっと想像以上に苦しいことだったのだと思います。
ひ孫の話に浮かぶ笑顔と、ふとこぼれる寂しさ
4歳のひ孫・いっちゃんの話をすると、母の顔に笑顔が戻ります。
「元気でいいねぇ」と目を細めるその表情。
でも、話が終わったあと、
ふと遠くを見るような寂しい横顔になるのです。
母は気づいていました。
いっちゃんの“できること”が日ごとに増えていく一方で、
自分は“できないこと”が増えていることを。
命のはじまりと、終わりを見つめながら
ある日、母は静かに言いました。
「同じように手がかかるのにね。あの子は“成長”って喜ばれる。私は“衰えた”って心配されるだけ。」
その言葉には、少しの悔しさと、深い寂しさが伝わってきました。
でも、そこに“生きている実感”も確かにあった気がします。
老いることは、何かを失うことだけじゃない。
「今の自分」を見つめ直す時間でもある――
母の言葉が、そう教えてくれた気がします。
介護とは、“気持ちを受けとめ続けること”
母の気持ちは、母にしかわかりません。
けれど私は、「聞いていたい」と思う自分でいたいと思います。
うまく返せなくてもいい。
ただ、「その言葉を大切に受けとめたい」と思えることが、
私の中での“介護の形”になっています。
💬 おわりに
介護の時間の中には、
言葉にならない思いがたくさんあります。
母のこの一言も、
きっと私の心の中で、ずっと息づいていくでしょう。
もしかすると、あなたにも、
忘れられない「誰かのひと言」がありませんか?
もしよければ、そんな声も聞かせてください。

